嘉年

不思議な神社「須賀社」について

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嘉年の「吉部野(きべの)」という集落には、須賀社(すがしゃ)という神社があります。

須賀社は「厄神舞(やくじんまい)」という舞を舞うお祭りでも有名なのですが、今回は須賀社についてご説明します。

 

須賀社の由緒

須賀社

須賀社はもともと須賀社という名前ではありませんでした。もともとは「厄神社(疫神社)」という名前で親しまれていましたが、明治2年に「須賀社」と改称しました。

1033年(平安時代)の夏、酷暑がこの地方を襲い、追い打ちをかけるように原因不明の悪疫が流行しました。非常に苦しい状況になったある日、西の空から光りながら山の頂に何かが降ってくるのを見た村人がいました。

恐る恐る他の村人と相談し山の頂上に行ってみると二振りの小太刀が降ったので、この太刀をご神体とし「素盞鳴尊(スサノオノミコト)」を祭神として社を建立し、神楽舞を奉納したところ悪疫が不思議におさまった。というのがそもそもの由緒です。

由緒からして須賀社と厄神舞は切っても切り離せない関係にあるようです。

 

須賀社の独特な祈願方法

僕が初めて須賀社に行った時に驚いたのは、その祈願方法が独特だったからです。

須賀社の祈願方法

須賀社にお参りする人は自分の悪い部分を年の数だけ紙に書いて奉納します。

例えば、足が悪い64才の人なら

「足足足足足(省略)足足足」と64回書いた後に「64才 ○○」と記した紙を奉納するわけです。
○○には自分を特定する情報なのですが名前ではなく、「戌年の男」などと産まれた年の干支と性別を書くのが一般的です。

初めて行った時、社殿にこのような紙がたくさん貼ってあるのを見てギョッとしましたが、古くから続いてきた祈願方法のようです。

ちなみに「ヘルニア」とか「脂肪」とかでも大丈夫なようです。僕は「性格」と書くべきですね。

 

須賀社の大木

須賀社には大きな杉の木があります。

須賀社の参道

中には参道に飛び出しているものも。

須賀社の鳥居と木

木に囲まれ、厳かな雰囲気です。

 

須賀社の言い伝え

言い伝え、というよりも比較的近年の事ですが、このような話があります。

七、八年前、疫神様の真後ろの道の道路拡張の工事をしましたが、神社の樫の木の枝が邪魔だというので、工事の人がお祓いをせずに車の荷台の上から、道に下っていた枝を切ったそうです。そうするとその人が急に身体の具合が悪うなり、三、四日後に亡くなられました。それからは土木の人が恐れて、あそこを工事する前は必ずお祓いを受けてからやるそうです。

これは平成元年に出版された「物語の里 嘉年」からの引用なので、大体昭和56~57年頃に起こったという事なのですが、これはただの言い伝えではなく本当に起こったことのようです。と、いうのもその当時その土木事務所に務めていた方の娘さん(僕がいつもお世話になっている方です)もそのことについて間違いないとお話してくれました。

それだけではなくこのような話もあります。

またこれは二、三年前の話ですが、徳佐高校へ途中まで単車で通う生徒さんが「なあに、神様へ何をしてもせわがあるもんかい」ちゅうて、杉の木へおしっこをかけちゃったら、帰りに大事故を起こされました。本当に疫神様の力は疑われませんですい。

「せわがあるもんかい」とは山口の方言で、「大丈夫に決まってる」と言う意味なのですが、これは昭和61年頃に起こったことのようです。

神様は仏様とは違い、成り立ちから考えても善悪関わらずパワーの塊みたいなものなので、このような話も残っているのでしょう。とはいえ、きちんとお参りする分には怖がる必要はありませんので、嘉年にいらした際には参詣されてみてはいかがでしょうか。

※引用 「物語の里 嘉年」(出版)青少年育成嘉年地区民会議

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