嘉年

昔の田の肥料作り

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これは約60年前の嘉年の様子を上田明子さんに聞いた物を元にして書きました。
嘉年には台山というちょっとした山があります。台山という名前の通り、上が平らになっています。
今は木が生い茂っている山なのですが、昔は草しか生えていない草刈り場だったそうです。
9月2日になると村中総出で、台山の草を刈りとるのが恒例でした。その事を「シバ刈り」と呼んでいたそうです。

(「シバ刈り」と言っても桃太郎のおじいさんの「柴刈り」は燃やすための枝を刈る事なので「しば」違いのようですが、桃太郎の「柴刈り」は本当はこっちの「シバ刈り」かもと思ってネットで色々検索しました。)

刈り取った「シバ」は何にするかというと、「としゃく」と言って木を中心に立てて、そこに結んでいきます。

 

としゃく
↑これが「としゃく」です。
春、雪がとけた頃にその「としゃく」のシバをほどいて、20〜30cmの長さに切ります。その時に使うのが「押し切り」という道具なのですが、ちょうど紙の裁断機の様な道具です。

シバは田の肥料にします。それぞれの田の一角に切ったシバと「大肥(だいごえ)」を混ぜ合わせたものを作り、上から水をかけておきます。

大肥というのは、簡単にいえば牛の使用済み敷き藁の事で、牛の糞尿と敷き藁が混ざり合った物です。そして、田んぼに鋤きこんでいきました。その当時の1反あたりの収量は5、6俵。現在の8、9俵とは大幅に違いますが、完全な有機栽培ですね。

 

上田さんにはいつも面白い昔話を伺っています。いつもありがとうございます!

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