農業

知らなかった!俵と紙袋だけじゃない、お米の入れ物。

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最近田舎っぽくない記事ばかりだったので、反省してます。

さて、以前このブログに登場された上田明子さん(大家さんちのおばあちゃん)とお話をしていて知ったのですが、米俵と現在使われている紙袋以外にもお米を入れていた袋があったようです。知らなかった!

ということで歴史の古い方からおさらいします。

米俵

米俵

言わずと知れた米俵。歴史は古く、鎌倉時代に現在知られている形になりました。ただ、1俵=4斗=60kgとなったのは江戸時代で、それまでは重さはバラバラだったそうです。

上田さんのお話によると昭和30年くらいまでは米俵に入れていたとのこと。当然藁からから手作りです。

「藁で編んでるんですよね?お米小さいから、ふとした時にこぼれる事ないんですか?」と聞くと、米俵は二重構造になっているから大丈夫とのこと。ちなみにムシロの部分を編むのが女性の仕事で、縄で締めていくのが主に男性の仕事だったとのことです。

ちなみにその時代は1反(10アール)の面積で5、6俵作っていた(6俵作るとかなり良く出来た方)そうで、同じ面積でも現在の収量は520kg(8~9俵)あるのを考えると隔世の感がありますね。1.5倍以上になっています

その時代には肥料も今のようなものは無いので、そういう違いが出ているのでしょう。

かます(叺)

叺(カマスと読みます)は、簡単に言えばムシロを半分に折って、縫い合わせたような袋なのですが、俵の後はこの「叺(かます)」が使われるようになりました。

俵よりもずいぶんとシンプルな構造なのですが、この時も1袋に1俵分(60kg)のお米を入れておられたそうです。叺自体の歴史は古く、日本書紀の大化3年(西暦647年)に見えるのでその時代からあったようですが、戦後ミシン縫いが可能になってから大量生産されるようになったそうです。俵は作るのに手がかかりますからね…。

ちなみに「カマス」という魚の名はこの「叺(カマス)」袋と同じように『口が大きいこと』からつけられたそうです。

 

唐米袋(とうまいぶくろ)

簡単に言えば麻袋の事です。これもやはり1俵(60kg)のお米を入れていたそうですが、「袋がぐにゃぐにゃになって担ぎにくかった」とのこと。たしかにカチッとした米俵に比べると、やや伸縮性のある麻袋は扱いにくそうですね。。。というよりも農家の女性は普通に60kgの荷物を背負って歩いていたということにびっくりします。

紙袋

今現在使用されている2斗(30kg)入りの紙袋です。俵ではないですが、この紙袋も2重になっており、簡単に破けることのないようになっています。

フォークリフトでお米を搬入

最近パナソニックがパワードスーツの量産をするということで話題になりました。(魚拓)量産機は30kgの重量物の運搬に対応ということだったのですが、僕はこれを見て「米1袋の重さと同じだから、農業ユースも視野に入れているんじゃないかな…。」と思いました。力ない人でも楽に米袋が運べると収穫時期などは凄く楽ですから。本当に50万円で売りだされたら、嘉年ハイランドで駄々をこねて購入してもらおうと思います(笑)

話がずれましたが、以上のように、俵から紙袋にすぐ移行したわけではなく、昭和30年から現在にかけてはこのような袋が使われていたそうです。ちなみに時期はハッキリしないので書いていませんが、やはり地域差もあるようです。今回書いたのは、あくまで嘉年の場合ですのでご理解下さい。

 

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